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山口地方裁判所宇部支部 昭和53年(ワ)82号 判決 1980年1月28日

原告

桜田和子

ほか二名

被告

スズランタクシー株式会社

主文

1  被告は、原告桜田和子に対し、金四二万円及びこれに対する昭和五二年五月二四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告桜田久子に対し、金四二万六〇四五円及びこれに対する昭和五二年五月二四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告桜田昌之に対し、金一一万円及びこれに対する昭和五二年五月二四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

6  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告桜田和子(以下原告和子という。)に対し金七〇万円、原告桜田久子(以下、原告久子という。)に対し金七〇万二八七九円、原告桜田昌之(以下、原告昌之という。)に対し金一九万三三八八円及びこれらに対する昭和五二年五月二四日から各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社の従業員訴外宮尾博は、昭和五二年五月二四日午後二時四〇分ころ、タクシーを運転して宇部市笹山町一丁目二番七号先道路上を進行中、同車を原告和子に衝突させ、よつて、同原告に対し、頭部外傷Ⅰ型、右下腿挫創擦過傷、右脛首開放性骨折の傷害を負わせた。

2  被告は、右タクシーを所有し、これを自己のため運行の用に供していた。

3  原告らの損害は、次のとおりである。

(一) 原告和子の損害

原告和子は、前記傷害のため七一日間入院し、三〇日間通院して治療を受けたが、最近まで右下腿挫創のため運動ができず、かつ、傷痕も残つており、これらに徴すると、原告和子の慰藉料は金七〇万円をもつて相当というべきである。

(二) 原告久子の損害

(1) 原告久子は、原告和子の母親であるが、原告和子の入院中金八万二八四〇円の支払をした。

(2) 原告久子は、有限会社宇部ドライセンター「やまだ」恩田営業所の仕事をしているが、原告和子の入院中その付添いのため休業のやむなきに至り、これにより、金六二万〇〇三九円の休業損害を蒙つた。

(三) 原告昌之の損害

(1) 原告昌之は、原告和子の父であり、原告久子の夫であるが、原告久子が原告和子の付添いをしたため、長男博(昭和四五年一〇月四日生)の面倒をみなければならなくなり、ために、残業ができなくなつたり、休暇をとらなければならなくなつたりして、金四万三三八八円の損害を蒙つた。

(2) 原告昌之は、本訴の提起、遂行を原告ら代理人に依頼し、その費用として金一五万円を支払う旨約した。

4  よつて、原告和子は、被告に対し、本件事故による損害賠償として金七〇万円を、原告久子は同じく金七〇万二八七九円を、原告昌之は金一九万三三八八円をそれぞれ支払うよう求めるとともに、これらに対し本件事故の発生の日である昭和五二年五月二四日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中傷害の点は不知、その余の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実中(三)(2)の事実は不知、その余の事実はいずれも否認する。

三  抗弁

1  本件タクシーの運転手である訴外宮尾は、事故発生当時徐行するなど自動車運転者としての注意義務を尽くしていたから、同人に過失はない。本件事故は、原告和子が広場から突然道路に飛び出したため発生したものであつて、原告和子の一方的な過失によるものである。

2  仮に、右訴外宮尾に過失があるとしても、原告和子にも突然道路に飛び出すなど重大な過失があつたから(仮に、原告和子に事理弁識能力がないとすれば、原告昌之及び同久子に監護上の重大な過失があつたから)、相当程度過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実中、本件交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告和子は、右事故により、頭部外傷Ⅰ型、右下腿挫創・擦過傷、右脛首開放性骨折の傷害を受けたことが認められる。

二  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。そこで抗弁について判断するに、成立に争いのない乙第一号証、証人小林勇、同宮尾博の証言によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  訴外宮尾博は、昭和五二年五月二四日午後二時四〇分ころ、タクシーを運転して時速約二〇キロメートルで幅員約四・一メートルの本件道路を走行中、左手広場から飛び出して来た原告和子を認め、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車左側前部を同原告に衝突させ、前記傷害を負わせたこと、

(2)  原告和子が飛び出した広場の向い側(すなわち、右訴外宮尾の進路前方右側)には、カーブミラーが設置されており、これによれば、約一六・五メートル手前から右広場の状況が看取できること、

(3)  原告和子が飛び出した原因は、右広場にいた犬に近づき、これに吠えられたためあわてて逃げ出そうとしたことにあること、

(4)  右訴外宮尾は、本件事故前にカーブミラーに気ずき、これに注意した形跡は窺われないこと、

以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右事実によれば、右訴外宮尾は、カーブミラーが設置されているにもかかわらず、これによつて広場の状況を確認せず、そのまま進行した点において過失があるといわなければならず、したがつて、被告の抗弁1は採用できないというべきである。しかしながら、前認定の事情に徴すると、本件事故の発生については原告和子にも過失があつたものと認められ(原告久子本人の供述(第一回)によれば、原告和子は本件事故当時四歳一一月の幼稚園児であつたことが認められるから、いわゆる飛び出しの危険性については十分認識し得たものと推認される。)、その過失の割合は三割と認定するのが相当である。この限度において、被告の抗弁2は理由がある。

三  請求原因3について判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証及び原告久子本人の供述(第一回、第二回)によれば、原告和子は、本件事故後直ちに坂田外科医院で縫合処置、ギブス固定を受け、転医して昭和五二年五月二四日から同年八月一日まで、宇部興産(株)中央病院に入院したこと、原告和子の傷害は、同年九月一日をもつて治癒し、現在後遺症は残つていないことが認められる。右原告和子の傷害の部位・程度、入院期間等に徴すると、原告和子の慰藉料は、金六〇万円をもつて相当というべきである。

2  原告久子の損害

(一)  原告久子本人の供述(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第七号証及び原告久子本人の供述(第一回)によれば、同原告は、原告和子の入院中諸雑費として金八万二八四〇円を支出したことが認められるが、本件全証拠によるもその明細は明らかでない。したがつて、本件交通事故と相当因果関係にある範囲を確定できないというべきところ、経験則上入院諸雑費が一日につき金五〇〇円を下らないことは明らかであるから、右の限度においてこれを認めることとする。しかるときは、前認定のとおり原告和子の入院期間は七〇日であるから、金三万五〇〇〇円と算出される(なお、右の入院諸雑費は、本来、原告和子の損害と観念すべきものであるが、原告久子が現実にこれを支払つている場合には、同原告において自ら請求することもできるというべきである。)。

(二)  次に、原告久子の休業損害の請求について検討するに、同原告は、原告和子の入院等に付き添つたため、有限会社宇部ドライセンター「やまだ」恩田営業所の取次店の仕事を休まざるを得なくなり、これによつて生じた休業損害の賠償を求めているものと解されるが、そうとすれば右はいわゆる間接損害であるところ、いわゆる間接被害者は、原則として(直接被害者と経済的同一体の関係にある場合を除き)、その権利主体性を否定すべきものと考えられるから、原告久子は右の損害を被告に請求できないというべきである。

ただ、原告久子の付添いを受けた原告和子において、右付添看護料に相当する損害の賠償を被告に求めることはできるものと解され、そしてこの場合、現実に付添いをなした原告久子において自ら右相当額の支払いを求めることもできると解されるので、以下、この意味において、右付添看護料相当額を算定することとする。

前認定のとおり、原告和子は本件事故発生当時四歳一一月の幼児であつたから、母たる原告久子の付添いを必要とし、他の者の付添いをもつてこれに代えることはできなかつたものと認められるから、結局、原告和子の蒙つた付添看護料相当額の損害は、原告久子の休業損害に相当するというべきである。よつて、右休業損害について検討するに、原告久子本人の供述(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第二号証ないし第六号証及び原告久子本人の供述(第一回)によれば、原告久子は、クリーニング業を営む有限会社宇部ドライセンター「やまだ」の取次店を「恩田営業所」の名でしており、本件事故前三か月間の平均収入は月一〇万二七六八円であつたところ、原告和子の入院付添い、及び退院後の看護のため、昭和五四年五月二五日から同年八月三一日まで、右取次店の仕事を休まざるを得なくなり、同年九月一日から再び仕事を始めたものの、右休業により散逸した顧客が再び帰つて来るまでに三か月間を要したことが認められる。そして右三か月間の総収入は金六万六九五〇円(0.25×(7万3840円+5万7125円+13万6835円))と算出されるから、結局、原告久子の休業損害は、金五七万三六三七円となる(10万2768円×(7/30+3)+(10万2768円×3-6万6950円)。

3  原告昌之の損害

原告昌之は、妻である原告久子が原告和子の付添いに当たつたため、自己が長男博の面倒をみざるを得なくなり、ために会社の残業ができなくなつたり、休暇をとらなければならなくなつたりして、金四万三三八八円の損害を蒙つたと主張するが、しかしながら、右はいわゆる間接損害であり、原告昌之は間接被害者であるから、前記2(二)で述べたとおり、原則としてその請求を否定すべきものと考える(仮に、間接被害者の権利主体性を肯定するとしても、本件原告昌之の右損害は、本件事故との相当因果関係を欠くものと認められる。)。よつて、その余の点について判断するまでもなく、右原告昌之の請求は、これを認容することができない。

4  以上によれば、原告和子は金六〇万円を、原告久子は金六〇万八六三七円をそれぞれ被告に対して請求できるというべきであるが、前述のとおり原告和子の過失相殺として三割を減ずべきであるから、結局、原告和子の損害は金四二万円、原告久子の損害は金四二万六〇四五円と算定される。

5  原告久子本人の供述(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、本訴の提起、遂行を原告ら代理人に依頼し、その費用として金一五万円を支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、訴訟の経緯、認容額等に徴すると、本件事故と相当因果関係にある損害は、原告和子金五万円、原告久子金六万円と認めるのが相当である(なお、右各損害は、本来、それぞれ原告和子及び原告久子の損害と観念すべきものであるが、実際に右弁護士費用を支払う原告昌之においてこれを請求することもできるというべきである。)。

四  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、原告和子において金四二万円、原告久子において金四二万六〇四五円、原告昌之において金一一万円及びこれらに対する本件事故の発生の日である昭和五二年五月二四日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容することとし、その余の請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田俊章)

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